2020年10月30日

Date: 16:00 – 18:00, Friday, October 30, 2020

日時: 2020年10月30日(金)16:00 – 18:00

講演者:山本康太

Speaker: Kota Yamamoto

タイトル:レーザーアブレーション-多重検出器型ICP質量分析計を用いた過渡的信号を対象とするウランの局所同位体分析

Title: In situ Isotopic Analysis of Uranium from transient signals using laser ablation-multiple collector-ICP-Mass Spectrometer

元素の同位体組成は放射壊変および物理化学反応を通して変化する。天然でのわずかな同位体組成の変化を捉える手法として、多重検出器型ICP質量分析計(MC-ICP-MS)が広く用いられている。ICPは多くの元素について高いイオン化効率を有するとともに、大気圧イオン源であることから、汎用性が高い。一方で、プラズマが大気を巻き込むことにより、信号強度が周期的に変化することが知られている。そこでMC-ICP-MSでは、複数の検出器を用いて各同位体の信号を同時に取得することで信号強度の変化を相殺し、高精度同位体比分析を可能にしている。しかしレーザーアブレーション(LA)やクロマトグラフィーなど、信号強度が経時的に変化する試料導入法を用いた同位体比測定の精度は、安定した信号を与える通常の試料導入法と比べて悪化することが報告されている。同位体比の測定精度の悪化は主にファラデー検出器間の応答性の違いに起因すると考えられている。LA法を用いた局所分析やクロマトグラフィーを用いた化学形態別分析は、同位体情報の具体的な解釈に役立つため、過渡的な信号を対象とした同位体比測定の重要性が増している。

ウラン同位体比は宇宙地球化学、年代学、原子力等の分野で盛んに研究されている。天然試料中のウラン同位体比の変動が報告されて以来、微小な鉱物や包有物それぞれについてウラン同位体比を測定する必要性が指摘されている。そのため、LA法を用いた局所分析の需要が高まっている。ウランは同位体間の天然存在度が大きく異なるため、広いダイナミックレンジでの高精度分析が強く求められる。近年開発された10^13 Ωの高抵抗を用いたファラデー検出器は、従来の10^11 Ωの抵抗を用いたファラデー検出器よりも増幅率が高く、低信号強度におけるS/N比が高い。一方で、ファラデー検出器の応答は一般に、増幅率が高くなるほど遅くなる。したがってウラン同位体比分析においては、検出器の応答性の違いに起因する同位体比の系統誤差を低減することが重要である。本研究では、増幅率の異なるファラデー検出器を組み合わせた高精度同位体比測定技術の開発を行った。

分析の誤差要因を明らかにするため、まず検出器の応答特性を調査した。ファラデー検出器の時定数(信号が1/eに減衰するまでに要する時間)は、10^11 Ωおよび10^13 Ωの抵抗を用いた場合にそれぞれ約0.1および0.6秒であった。この応答性を改善するために、時定数を補正係数とするタウ補正が広く用いられている。タウ補正を適用すると、10^13 Ωの抵抗を用いたファラデー検出器の時定数は0.1秒以下となった。しかし、信号強度の時間変化率が急峻な点ではなお、出力される同位体比に系統誤差が生じ得ることが分かった。そこで我々は、出力される全信号の分析イオン毎の積分値を同位体比の算出に用いた。このとき信号の持続時間は検出器毎に異なるので、信号強度の閾値で積分区間を定義することは系統誤差の要因となることを見出した。

次に本手法を、LA-MC-ICP-MSを用いた固体試料(ジルコン、チタン石、ガラス)のウラン同位体比分析に適用した。タウ補正を用いる従来の計算法と比較すると、分析精度は概して3倍向上した。また、従来法における出力された同位体比の系統誤差はマスバイアス補正によって見かけ上は相殺されるが、標準試料と未知試料で信号の持続時間が異なる場合には、最大で3 %の系統誤差が観測された。一方で、新手法によるジルコンおよびガラス試料の分析結果は文献値とよく一致した。さらに分析の高精度化により、一部のチタン石についてウラン同位体比に粒子間の不均質性があることが示された。鉱物試料中のウラン同位体比の変動要因については発表で議論する。以上の結果から、高増幅率のファラデー検出器を用いた新しいデータ取得法が、局所分析をはじめとする過渡的信号を対象とする同位体測定の主流となるものと期待される。