2026年7月3日

Date: 16:00-18:00, Friday, July 3, 2026

講演者:小谷野 蒼大
タイトル: 低温高圧下X線・中性子線回折による氷Ihへの水素取り込み過程の観察
Title: Observation of Hydrogen Filling Processes in Ice Ih via X-ray
and Neutron Diffraction Under  High-Pressure and Low-Temperature
Conditions

要旨: ハイドレート(Clathrate
Hydrate)は、水分子が水素結合によってつくる籠状のホスト格子内に、ゲスト気体分子を包接した結晶相である。固体として気体を安定保持・運搬できる特性から、ゲストとして水素を取り込んだ水素ハイドレートは、水素エネルギー社会の実現に向け、水素を高密度かつ安全に貯蔵できる材料として注目を集めている。

水素ハイドレートには、圧力や温度条件に応じて結晶構造の異なる複数の相が存在する。既知の相としてsII, C0,
C1,C2などが発見されており、それらの安定領域、相転移挙動、および最大水素量の解明は、効率的な貯蔵技術確立のための重要なトピックとなっている。

Donnelly 

et.al(2018)では氷Ihの格子内に水素が取り込まれた「C-1」なる新相が報告されたが、その相境界や最大水素貯蔵量など未だ未解明な点が多く残されている。
本研究では、C-1の物性解明に向けた端緒として、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)及びMito System (Komatsu et al.,2013) を用いた高圧実験を行った。X線回折実験は高エネルギー加速器研究機構(KEK)のBL-18c、中性子線回折実験はJ-PARC, MLF, BL-11で実施した。

先行研究と同様のP–Tパスに沿って行った実験では、報告されていたような氷Ihの明瞭なピークシフトは観測されなかった。一方、新たに設定したP–Tパスで行った実験では、氷Ih由来のピークに顕著なシフトが確認され、純粋な氷Ihではほとんど変化しない軸比c/aが有意に減少した。この結果は、C-1が従来想定されていた条件よりも高温側で準安定に存在し得る可能性を示唆している。ただし、本実験では結晶構造解析に十分な精度のデータを取得するには至らなかったため、今後はより高品質な回折データを取得し、C-1相の形成条件および構造的特徴をさらに検討する必要がある。

講演者:飯塚理子/ Riko Iizuka-Oku

タイトル:Mg–CO2–H2O系におけるハイドロマグネサイトの高圧挙動
Title: High-pressure behavior of hydromagnesite in Mg–CO2–H2O system

要旨:炭酸塩鉱物は、炭酸イオン(CO32-)を基本構造単位として含み、地球表層環境に広く分布する主要な造岩鉱物の一つである。これらは主に水の存在する環境下で生成し、堆積作用や岩石−水反応と密接に関係している。また、生物の殻や骨などのバイオミネラルとしても存在し、地殻中における炭素の重要な貯蔵庫として地球規模の炭素循環に大きく寄与し、大気中の二酸化炭素CO2の量を削減するための有望な技術の一つである鉱物炭酸化の役割を担う点からも注目されている。これまで、マグネサイト(MgCO3)、方解石 (CaCO3)、およびドロマイト [CaMg(CO3)2]に代表される炭酸塩鉱物の地質学的システムにおける生成および相転移のメカニズムについて、長年にわたり研究されてきた。とりわけマグネサイトは、マントルの大部分において最も安定な相であり、その高い融点ゆえに深部マントルまで沈み込み可能であることが分かっている。しかしながら、MgO–CO2–H2O系の水溶液中での反応においては、温度、CO2分圧、およびpHや反応時間に応じて、マグネサイトの代わりにさまざまな結晶性の含水炭酸マグネシウムが生成される(例えばHänchen et al., 2008)。 これらは、nesquehoniteグループ (MgCO3·nH2O)、hydromagnesiteグループ[Mg5(CO3)4(OH)2·nH2O]、およびartiniteグループ[Mg2CO3(OH)2·nH2O]の3つに分類され、温度変化に関する研究が多く報告されてきた。一方で、圧力変化に着目した研究は限られている。上記に述べたように含水マグネシウム炭酸塩は、CO2を固定する能力を有し、さらに地球表層から沈み込み帯に至る炭素循環および、水循環を理解する上で重要な存在であると考えられる。本研究では、天然でも多く見られるハイドロマグネサイト(hydromagnesite, Mg5(CO3)4(OH)2·4H2O)に着目し、室温高圧下における圧縮挙動および安定性を明らかにすることを目的とした。

 水熱合成によって合成したhydromagnesiteを、XRD, FT-IR, Raman分光分析により評価した。ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いて、ラマン分光および放射光XRD測定による室温高圧下その場観察を行った。圧力媒体には、フロリナート、4:1のメタノール-エタノール混合液、Heガスを用いた。18GPaまでのラマンスペクトル測定の結果、炭酸基CO32-の対称伸縮振動に由来するラマンバンドは、低圧領域において分裂を示し、圧力の増加に伴い高波数側へシフトした後に、約15 GPa付近で消失した。一方、結晶構造中の水酸基(OH-)に由来するラマンバンドは、低圧では高波数側へシフトし、6.3 GPa〜8.2 GPaを境に低波数側へシフトし始め、10 GPa超の高圧領域でピークのブロード化が観測された。これらの挙動は、圧力上昇に伴う結晶構造中の水素結合環境の変化を反映していると考えられる。また、加圧および減圧過程においてラマンバンドの圧力応答はほぼ一致した。

 高圧下でのXRD測定を複数回行い、hydromagnesiteの格子定数および単位胞体積の圧力依存性を調べたところ、9 GPaの圧力下でもhydromagnesiteは安定に存在しており、6 GPa付近でアモルファス化したと報告している先行研究(Yamamoto et al., 2018)とは異なる結果が得られた。用いた圧力媒体によるばらつきは見られるものの、格子定数や単位胞体積は単調に減少し、減圧過程で可逆的な変化を示した。

 これらの結果は、本研究での圧力範囲において、明瞭な相転移や脱水反応が起きていないことを示唆している。一方で、CO32-に由来するラマンバンドの分裂および消失や、OH-に由来するラマンバンドの特徴的な圧力依存性から、加圧に伴い炭酸基の配置の変化や水素結合の環境の変化が生じており、これらがhydromagnesiteの構造安定性に強く影響していることが推測される。リートベルト解析により、炭酸基と水素結合周辺の幾何学変化を精査しているが、対称性の低さ・回折パターンの複雑さ等から難航中である。本研究は、含水炭酸塩鉱物の圧力安定性に関する理解を深めるとともに、地球内部における炭素および水の輸送・固定機構を考える上で重要な知見を提供することが期待される。