2024年12月13日

Date: 16:00-18:00, Friday, December 13, 2024



講演者:高橋 菜緒子
Speaker: Naoko TAKAHASHI

タイトル:沈み込み流体中のタングステンとモリブデンの溶存状態: その場ラマン分光法とDFT計算
Title: Tungsten and molybdenum speciation in subduction-zone fluids: in-situ Raman spectroscopy and DFT calculations

要旨:
安定同位体地球化学は、固体地球システムにおける流体–岩石相互作用および岩石圏の進化を理解する鍵を握り、地質試料に適用される同位体の種類はますます増えている。近年では、タングステン (W) やモリブデン (Mo) といった重元素の高精度同位体分析法を用いて、火成岩における安定同位体組成の変動が明らかになりつつある。例えば、島弧の溶岩では、マントル由来の中央海嶺玄武岩や海洋島玄武岩と比較して重いWやMo同位体組成が報告されている。特にStubbs et al. (2022) EPSLでは、重いW同位体組成が沈み込むプレート (スラブ) からの流体寄与の指標と相関し、マグマへの流体供給や脱水深度を推定するトレーサーとして有用である可能性を示した。しかしながら、沈み込み帯深部でのWやMo同位体分別を引き起こす素過程は依然として分かっていない。平衡同位体分別の大きさは、化学種間での結合強度の違いに強く依存し、重い同位体はより強い結合環境に分配されると考えられている。そのため、スラブ脱水過程における同位体分別機構を解明するためには、沈み込み帯流体中の金属元素の溶存状態に関する知識が不可欠である。

昨年度のGcRCセミナーでは、外熱式ダイヤモンドアンビルセルを用いた高温高圧実験により観察された、高温高圧下でのW(VI) 溶存状態の変化を示唆する特徴的なラマンスペクトル変化を報告した。しかし、観察されたスペクトルの解釈は容易ではなく、高温高圧下で出現したバンドの帰属がはっきりしていなかった。そこで本研究では、溶存W(VI) の挙動をさらに詳細に理解するために、同族元素であるMo(VI) の水溶液を用いた高温高圧下その場ラマン分光実験を行った。さらに、流体中に存在する可能性のあるいくつかの分子を対象に密度汎関数理論 (Density Functional Theory; DFT) を用いた構造最適化および振動計算を行い、分子構造変化に伴うW–O対称伸縮振動モードの波数変化を明らかにすることを試みた。本発表では、これらの結果を報告しスラブ脱水過程における鉱物–流体間の同位体分別機構について議論を深めたい。



講演者:佐藤 美彩希
Speaker: Misaki SATO

タイトル:低温高圧下で出現するエタノール結晶相群の結晶構造と安定関係
Title: Crystal structure and stability relation of crystal phases of ethanol appearing at low temperatures and high pressures.

要旨:
エタノールは炭素二原子からなる一価のアルコールであり、ヒドロキシ基をもつことで分子間の水素結合を形成できる。エタノールの固体結晶相のうち、分子の配向が決まっている安定相として、常圧下157 K以下で出現する低温相(空間群Pc、以下I相と呼ぶ)(Jönsson,1995)と室温下1.9 GPa以上で出現する高圧相(空間群P21/c、以下III相と呼ぶ)(Allan and Clark,1999)の2つが知られていた。さらにこれまでに、これらとは異なる結晶構造をもつ未知相がI相とIII相の間の条件で複数個見出されている(小泉修士論文,2014)(矢部卒業論文,2021)。しかし、先行研究で広く知られていたI, III相の正確な融点すら報告がなく、各結晶相がどの温度-圧力条件で出現しうるのかという情報はほとんどなかった。そこで本研究では、エタノール相図解明の一歩として、各結晶相の融点の圧力依存性を測定することで、それらの安定関係の推定を行った。
また、エタノールの準安定相として、常圧条件で出現し分子の配向が乱れたプラスチック相(bcc、以下II相と呼ぶ)の存在が知られていた(Haida et al.,1977など)。II相は、液体を急冷して得られたアモルファスを、常圧下かつ適切な温度(110 K付近)で数時間アニーリングすることで得ることができるとされている。しかし、アモルファスを高圧下で昇温することでどのような結晶相が出現するのかを示す先行研究はない。そこで本研究では、上記の融点測定に加え、高圧条件におけるアモルファスからの相転移挙動について探査を行った。