2017年5月19日

場 所:化学本館5階会議室
講演者:山方 優子
タイトル: 鉄安定同位体を用いた、熱噴出孔における生物の鉄代謝評価

⽣体内における鉄同位体⽐(δ56Fe/54Fe)の変動の⼤きさから、鉄の吸収効率・⽣体内代謝について評価できることが知られている。海洋⽣物のδ56Fe を測定すると、臓器間または各栄養段階において⼤きな差が⾒られないことが分かった。これは、海洋環境では鉄存在度が⾮常に少ない(~10-7%)ため、⽣物たちの鉄利⽤効率が⾼いことを⽰している。対して、同じ海洋環境でも深海の熱⽔噴出孔では鉄存在度が桁違いに⾼く(~10%)、⽣物の鉄代謝が他の海洋環境とは異なることが考えられる。そこで本研究では、熱⽔噴出孔における⽣物の鉄代謝を、鉄同位体を⽤いて初めて評価した。
扱った⽣物試料は、スケーリーフット(n=5)とギガントペルタ・イージス(n=5)と呼ばれる⾙で、化学合成⽣態系特有の性質である共⽣菌を体内に飼っている。彼らは、インド洋南⻄のLongqi vent field の同じ噴出孔に⽣息していることが近年発⾒され(Chen et al., 2015)、⾝体の表⾯を覆う鉄の形態が両者で異なることが⼤きな特徴である。両者の軟組織(筋⾁・えら・⾎液・⼼臓)・共⽣菌・殻・鱗を酸分解、陰イオン交換による鉄元素単離溶出の後、各δ56Feを多重検出器型ICP-MS で測定した。
結果、両者において軟組織のδ56Fe 変動は⼩さいことが明らかになったが、ギガントペルタ・イージスは環境の同位体⽐に⽐べて約1‰低い値をとったのに対し、スケーリーフットは環境と変わらない値を持つことが分かった。熱⽔環境では鉄が豊富なため、ギガントペルタ・イージスのように鉄吸収効率が低いというのは妥当な結果である。しかし、スケーリーフットは環境からの鉄吸収効率が⾼いという結果となった。その理由は、ギガントペルタ・イージスにはない鱗の硫化鉄に供給するためだと考えられる。また、彼らには、共⽣菌と軟組織の間に同位体分別が⾒られ、共⽣菌には軟組織よりも軽い鉄が多く使われていることが⽰された。このように、鉄同位体⽐を測定することで、同じ環境に住む⽣物でも、鉄吸収・代謝効率が⼤きく異なることが明らかになった。