2022年5月13日

Date: 16:00 – 18:00, Friday, May 13, 2022

発表者:安田 瑛生

Speaker: Akio Yasuda

タイトル:フェニルボロン酸とサリチルヒドロキサム酸の反応に関する平衡論・速度論的研究

Title: Equilibrium and kinetic studies on the reaction between phenylboronic acid and salicylhydroxamic acid

現在、血糖値測定法として多く用いられているものに酵素センサーがあるが、これには熱変性への弱さやpH条件の厳しさなど様々な問題がある。一般にボロン酸R-B(OH)2は糖類を含むジオール類と可逆的に反応し安定なキレート錯体を形成することが知られており、従来の酵素型糖センサーの代用となり得るボロン酸型糖センサーとしての利用が期待されている。   
これまで高感度なボロン酸型糖センサーの開発のためにボロン酸の反応全般に関して様々な基礎研究が行われてきたが、ボロン酸とジオールの反応では生成定数が小さい組み合わせ(100~102程度)が多いことが知られている。一方、Yatsimirskyらによれば、サリチルヒドロキサム酸(SHA)とPBAとの反応の条件生成定数は1.6×104という大きな値になると報告されている。
本研究ではこの反応の条件生成定数がなぜこのような大きな値になるかについて、①UV-Visスペクトル測定を用い反応性を比較する平衡論的観点からの考察、②Stopped-flow法を用い条件速度定数を算出することで反応機構を明らかにする速度論的観点からの考察、という2点からの考察を行い、糖センサーとしてのボロン酸に関する基礎的な理解が深まることを目的とした。

発表者:中里 雅樹

Speaker: Masaki Nakazato

タイトル:飛行時間型ICP質量分析計による微粒子の高感度な多元素同位体比分析に向けた予察的実験

Title: Evaluation of elemental sensitivity against fine particles and capability of isotopic analysis using ICP-Time of Flight-Mass Spectrometer

太陽系に存在する重元素(鉄よりも原子番号の大きな元素)の大半は、中・小質量星の最終進化段階であるAGB星における遅い中性子捕獲反応(s過程)や、大質量星の進化末期の超新星爆発や中性子星合体における速い中性子捕獲反応(r過程)によって合成される(e.g., Arlandini et al., 1999; 和南城, 2014)。s過程で合成された重元素は、炭素質コンドライトのマトリックスから発見されるプレソーラー粒子の分析により、同合成場で生成される炭化ケイ素粒子やグラファイト粒子などをキャリアとして太陽系まで輸送されたと考えられている(e.g., Bernatowicz et al., 1987; Amari et al., 1990)。一方、r過程元素の合成場から太陽系までの輸送過程は明らかになっていない。これを解明するためには、同位体比分析によってr過程由来の痕跡を有するプレソーラー粒子を発見し、粒子ごとの元素分析によってキャリアの特定をする必要がある。

プレソーラー粒子は、従来的には二次イオン質量分析計(SIMS)を用いた主要軽元素(炭素や窒素、ケイ素など)の同位体比測定によって判別されてきたが、AGB星でのs過程由来の痕跡を持つプレソーラー粒子は数多く分析されてきた一方、r過程元素の情報を保持したプレソーラー粒子は発見されていない(e.g., Hoppe and Ott, 1997; Ireland et al., 2018)。そのため、r過程由来の同位体異常の直接的な検出も視野に入れ、重元素の同位体組成にも着目したプレソーラー粒子の判別が必要であると考える。SIMSを用いてプレソーラー粒子中の重元素分析を行った報告はあるが、試料は粒径がおよそ1 µm以上の比較的大きなプレソーラー粒子に限定されており、重元素に対してさらに高感度に分析可能な手法が必要である(Ávila et al., 2013)。これを受けて、本研究では重元素に対して高い分析感度を達成でき、さらに高時間分解能での計測によりnmサイズの微粒子を個別の粒子ごとに、かつ高速で元素分析できるICP質量分析計(ICP-MS)の利用に着目した。

r過程起源の重元素のキャリアを特定するためには、重元素のみならず軽元素も含めた幅広い質量範囲での分析が必要である。これまで多元素分析には四重極型質量分析計が広く用いられてきたが、微粒子分析においては微粒子由来の1 msに満たない過渡的な信号に対して質量走査が追従できず、単一粒子から2種類以上の同位体を定量的に計測することが困難であった。そこで本研究では、軽元素から重元素まで幅広い質量範囲を同時検出可能な飛行時間型ICP-MS(ICP-TOF-MS)に着目し、プレソーラー粒子の多元素同位体比分析法の確立を目指す。特に、高エネルギーイオンビーム用の光学系を搭載したICP-TOF-MS(Nu Instruments社製Vitesse)を採用することで、これまでよりも高感度な微粒子の検出を図った。また、微粒子由来の信号強度は粒子計の3乗に比例するため、粒径の異なる微粒子を測定するためには広いダイナミックレンジ(e.g., 2–3桁以上)における分析が必要となる。そこで、本装置を用いた同位体比分析に向けて、測定同位体の信号強度に対する同位体比分析の線形性を検証した。まず、ケイ素および金の微粒子について、従来型のICP-TOF-MS(TOFWERK社製icpTOF R)に比べてそれぞれ約7倍、約2倍の増感が見られ、高感度分析における本装置の優位性が示された。次に、濃度の異なるインジウム標準溶液(0.1 ppb–50 ppb)を用いた実験では、測定された信号強度に対して非線形的なインジウム同位体比の変動が観測され、今後の微粒子への応用に向けて同位体比の補正法が必要であることが示唆された。具体的な手法は現時点では確立できていないが、本発表では新たな補正法の確立に向けて手がかりとなりそうな観測結果を紹介する。